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表現の自由ってなに

お久しぶりのブログです。

気が付けば、もう九月になってしまいました。

僕が活動する時間も残りわずかとなってきました。想像してたよりあっという間のような、まだ続くのか…という倦怠感も少々。

昔の時のような活動ペースを取り戻しつつ、二つのアカウントを、二人分の絵描きをやるのは本当に大変だ。

綺麗ごとに聞こえるかもしれないが、こんなこと続けられているのは見てくれてる人が、一人でもいることだ。誰一人欠けてしまっては意味がない。

これでもしも、僕の絵を見る人が一人もいなくなって、完全に自己満足の範疇でやればいいなんて、それこそ世間の言う”綺麗ごと”を言われてしまったら、既に今年に入る前にやめていただろう。

ブログを更新してない間にもかなりの葛藤があった。

今日はそんな闇の部分の気持ちも、ここに書き残しておこうと思う。

僕は今、とても辛い状況にある。

コロナ中で、SNSに大量の企業や芸能人らが参加していく中、どんどん減っていくいいね数やインプレッションの著しい低下。

それに伴ってSNSでの活動に大きく”お金”がかかわり始めたこと。

AIの進化…それを金儲けに使うために現れた、悪い大人たちのAI学習問題。

そしてどんどん見切りをつけざるを得なかった絵描きの仲間たち。

孤立していく中で、焦る毎日。

何を描いたってすぐ隣にはプロが居て、僕なんぞの素人の絵は陰り、消し落とされる日常が当たり前になっていた。

ただ、見えない人たちからの不満の視線だけが、なぜかこちらに集められている。

口でははっきり言わないけど、圧をかけられている。

いい子でいなさい、いい子の作品を描きなさい。安心安全でやりなさい。それならなにも文句は言いませんからと。

もちろんそんなことは嘘で、あいつらはただ自分の視点で、好きか嫌いかで絵の価値を決めつけている。

それこそ数=お金になりえると考える今の世界なら誰だって意地悪になれるだろう。

黙っていながらも、芸術に順位をつけることにした!

絵描きの多くがSNSで心を病んでいる要因というのは、これも原因のような気もしてる。

僕の活動を見て「どうせお前だっていい思いしてるくせに」と思ってる人もいるだろう。

それはそうだ、僕はあくまであそこでは良いクリエイターであろうと常に細心の注意を払っているから。

だけど笑顔の絵の裏では、吐き気がするほどのクソのような憎しみと怒りを抱いている。

どんなに頑張っても評価はされない。

どんなに気を遣ったって、「きもい」だの「嫌い」だの好き放題裏では言われて

普通に描いた絵でさえセンシティブだと注意される!

やっとこさ貰えた仕事もスカ〇ロ好きのいかれた企業だけだった。

汚物が描けなくてもいいという条件でスカウトされたのに、汚物描けないならあなたに渡せる仕事はないとクビになった。

全く意味が分からない。

もっと腹が立ったのは、アカウントを二つに分けた先でも同じ企業に同じうたい文句でスカウトされたときだ。思わず鼻で笑ってしまった!

名前の問題でも活動場所の問題ではない。絵柄が僕の人生であるならば、僕自体が”癌”だったのだと。

僕の絵は汚くて、センシティブで、周りの迷惑になる。

その日から僕の絵は汚いものだと思うようになった。

Xやインスタグラム、ピクシブなどでもAI学習は大きな問題となり、今も僕らクリエイターの上に酷く、重くのしかかる。

今年に入ってから、色んなSNSを試した人も多かったんじゃないだろうか。

僕らは問題から逃げるように、新たな秘密基地を探しに行くように、色んな場所を見に行った。

そこで新しい居場所や活動場所を見つけた人もいるだろう。

だけど、僕みたいにどこいっても否定されて、どこいっても意地悪の標的にされて、最初から居場所なんて、そんなものどこにもなかったと思い知らされた人もいるだろう。

そして自分の好きが詰まった絵が、周りの迷惑になるのかもしれないんだと知った。

僕は今まで通りの活動場所で戦い続けることに決めたよ。

そしていつも通りに最後を迎える。

どんな手が差し伸べられたとしても、僕は丁寧に断ってきた。

そちら側にはいけないから。

僕の思いは”誰にも傷ついてほしくない”ということ。

そのためならいくらでも嫌なヤツでいよう。

さながら悪役気分だ!

今だったら、いくら自分の作品に酷評をつけられても笑ってしまうだろう。

だいたいは本当にくだらない。

絵柄の問題で垢BANするならしちまえと思ってるくらいだ。クソ野郎。

特に雨宮伊吹よりDobu6での投稿の方がまさにその思いが強いかもしれない。

僕は「表現の自由」と戦うことに決めた。

本当に僕は、僕のキャラクターたちが大好きだ。

汚物なんて言いたくないさ。言いたくないけど、この現状が現実だ。

居間の壁に、僕の絵が飾られているのだが、僕はいつも目も当てられないでいる。

母が聞いてきた。

「ねえ、本当に絵やめちゃうの?もったいないじゃん。どうして?」

そんなこと僕が一番思っている。

なんでぼくのこと馬鹿にしてきたやつらはこの先も楽しく人のキャラ盗んだまま創作し続けていくというのに。”なぜ?”なんて、こっちがききたいくらいだ。

だからまじでこっち見ないで。

毎日、母さんも壁の絵にも責められてる気分だ。

ねえ、みんなの言う表現の自由ってなに?

みんなは「絵を描くことは楽しい」って口をそろえて言うけれど

心から「好き!」って言える絵を描いていますか?

それを発表できていますか?

汗も血も流さないイラストが正解なんて、今の社会を表しているようで僕は嫌だ。

本当に戦うべきはAIではない、表現者である自分たちだ。

あと少しだけど、僕に力を貸してほしい。

「表現の自由」の表現中の僕をしっかり見ていてほしい。

僕はもう二度と、誰にも屈しないと誓う。